21歳で妻子持ちと駆け落ちした私の話 4

本当にとんでもない若き日の私──だが、今もそんなに変わってなかったりする私。
39歳になった今も敬語が苦手で、まぁ良くも悪くも気安い大阪人。
とにかくゆっくり私の昔話が続く。
夫となる彼と付き合うまでもそりゃあ色々あったが、気長に読んで欲しい。
……千夜一夜ほどかかるかもしれんが(どんだけや)。
そういえば私、このバイトの面接をした当時、彼氏がいた。
17歳の時から付き合ってた同い年の彼氏がいた。
20歳の時かな? 二年付き合ったその彼氏くんと別れて。
で、色々あって自暴自棄になって。
気付けば誰とでも寝るような女になって。
そんな頃、セフレの一人にしたのが夫だった。
……うん。「した」っていう表現がたぶん一番しっくりくる。あの時の私からすれば、夫はそもそも全然本気でもない、ただの遊びだった。
けど、そこまで話がいくのはまだまだ先やね。
とりあえず今はまだ、知り合った時のことを話させて欲しい。
バイト面接後
私がトンでも人格なことが発覚するのは一緒に働いてからなわけだけど、それ以前はやっぱり印象がよくて。バイトの合否を連絡してきた電話ですら忘れらないほど楽しいものだった。
「以上で面接は終了です」
と、店長だった彼から言われ、採用かどうかは後日電話をすると言われた。
「8月○日の×時ごろに電話をします」
とか言ってたんだけど、その日は私が部活の遠征練習だった日だった。その時間、時間的に電車とかで移動してるかもしれんし、そもそも携帯を携帯してるかどうかも分からない(体育館で練習中なら出れない)から、その時「もしかしたら電話に出るのは難しいかも」ということを話した。
「もし出れないようだったら30分後にもう一度かけ直すけど、それなら大丈夫?」
私の夫は当時も、そして今も、本当に気遣いの出来るいい男だ。
こういうところ、何年経っても好きだなぁって思う。
懐かしく、愛おしく、ここに書いているだけで涙が溢れるほど、あの優しさが好きで好きでたまらない。
この時はたんに「マメな人だなぁ」とか「いい人だなぁ」くらいにしか思わなかったわけだけど。
私は「そうですね。電車に乗ってる可能性もあるので、そうしていただけると助かります」と言ってその日は帰ったと思う。
バイト受かればいいなぁ~遠征がもっと行きやすくなるなぁ~っと思いながら、チャリを漕ぎ漕ぎ20分くらいで家に着いた。
夫がいなくなってわりとすぐにつぶれたというあの焼肉屋さん。
今はどうなっているんだろう。
二度目の電話
かかってきた時、私はちょうど練習の切れ目で携帯を持っていた。
蒸し暑い体育館の中、高校生に混じって、参加者全員に配られる参加学校名が背中にすべて明記されたTシャツを着て、自分の荷物が置かれた場所でしたたる汗をぬぐっていた。
「(かけるって言ってた時間まであと五分くらいか……)」
と思って携帯を眺めていた。
時間が決まっていたからこそ、気にかけて携帯を手元において待機することが出来た。
電話がかかってきた瞬間のことも、本当に昨日のことのようによく覚えている。
兵庫県のどこかにある総合体育館だった。すべての窓やドアは開け放たれ、体育館の外では夏の日差しが燦々とアスファルトを照りつけていて、室内であるその場所が対比で妙に薄暗く思えた。
熱風にも思える風も、だけど廊下にいるとその暗さからなのかどこかひんやりとしていて、心地よかった。
背後にお手洗いがあって、運動場から香ってくる乾いた砂が吹き込んでくる。それに、トイレにおかれた人工的な芳香剤と、自分や他の人の汗の匂いが入り混じる中、滝のように滴る汗を持ってきたタオルでぬぐっていた。
遠く響き渡る、鉄棒のぎしぎしとした車輪の音。
館内を震わせる、床をリズム良く刻んでいくタンブリング。
悲鳴のように叫ばれる、跳馬で強く踏み込まれたロイター板。
初めて電話で話した時と同様に、この時の電話も本当に楽しいものだった。
二度目の電話
「(かかってきた!)」
時間ぴったりにかかってきた電話。
登録していない、見覚えのない番号。
私はすぐに通話ボタンを押した。
「はい!」
「あ。焼肉屋○○の店長××です。おかやんさんの携帯ですか?」
「そうです!」
「ええと、今電話して大丈夫? 電車とか乗ってない? ペースメーカーとか着けてる人には携帯の電波ってよくないからね。もしそうならまたかけ直すけど」
「いえ! 電車には乗っていません! 体育館で、今ちょうと休憩中だったので大丈夫です!!」
「そう? 良かった。ニュースとかでそういうので心臓止まったって人とかいたから」
「そうなんですか? 私は今は大丈夫ですけど、それは怖いですね」
「そうだね。そういう人は避けようがないから、こっちがちゃんとしてないとね」
今こうして書いていると、いつも同じことを思う。
ああ、私はやっぱりあの人が好きだなぁ、って。
記憶の中にいるあの人は、特に付き合う前のあの人は、こういう雑談が上手く、どこまでも優しかった。
そして、こういう会話が私には本当に楽しかったのだ。
義務だけじゃない、用件だけを言って済ませるような人じゃなくて、何気ない雑談を挟んで楽しく会話を盛り上げてくれるあの人のこういうところが本当に本当に好きなのだ。
フィーリングが合うのか、5分と満たない電話だったけど、1回目の時と同様にものすごく楽しいやりとりだった。
忘れられない日々を、こうして追悼のように記録できることが、私には嬉しくてたまらない。
面接の結果としてはご存じのとおり「採用」で、私は無事、将来の夫との縁を繋げることが出来た。
メガネの存在が本気で重要だったかどうかは知らないけど、私はそれまでのやりとりと人柄で選ばれたのだと信じたい(笑)