#12「フラれてから」

復讐と望み
何かが変わった。変わっていった。
「それは何か」と聞かれても具体的には答えられないが、とにかく自分の中でなにかが変容した。
これってあるあるなのかな?
「フラれて性格激変」なんて普通? 珍しい?
人によっちゃあ「たかがそんなことで」って思う人もいるかもしれないけど、私にはキツいことだった。
関係は持ったのにフラれてどうかしてしてまったのか、とにかく私は部活の人らに先輩とあったこと言い触らした。
船の時はずっと黙ってたのに、ああもうこれを境に、誰彼構わず言ってやった。
なんでそんなことしたんだろうって当時は分からないまましてたけれど、今ならなんでわざわざそんなことしたか分かる。
私、復讐めいたことがしたかったんだな、って。
そんな風にして言い回った私だけど、一人だけ知られたくない人がいた。
それはコーチ先輩だ。
今でも覚えてる。
仲の良かった同性の先輩との会話を。
「先輩とあんなことがあったけれど、コーチ先輩にだけは先輩とのこと知られたくない」
「おかやん……もうみんな知ってるのにコーチ先輩だけってそんな……まぁ分かるけど」
「コーチ先輩が私と先輩の間にそんなことあったって知ったらめっちゃ落ち込みそうで」
「そりゃ間違いなく落ち込むよ。自分が連れてきた同級生が可愛い後輩に手を出したって知ったら。アタシでも腹立つのに」
「ふぇ〜ん。モリリンせんぱ〜い(←同性の先輩のあだ名)。これけっこうハートがキツいっす〜」
「よしよし。おかやんはおバカさんだねー。あの人ロクな人じゃないって見た感じそんなじゃん」
「うー……確かにロクでもなかったっす〜。でも好きやったから……」
「うん。そこがあの先輩の最低なとこだわ。まぁでもおかやん。コーチ先輩に知られたくなかったら、ここからはしばらく黙っとき」
「……そうします。そもそもあの先輩。言い触らしたことで私のこと更に嫌いになったっぽいし……『おかやんに手ェ出したのは失敗やったなぁ』みたいなこと、こないだの帰りの電車で言われた……」
「ちょうどいいやん! そのまま嫌われとき! 気にすることないって。アタシもあの先輩キラいだし」
「ふぇ〜ん。モリリン先輩……しゅき!!」
「はいはい。よしよし」
小さくて可愛い先輩だった。華奢な手足をまだ覚えてる。
このモリリン先輩と私は仲が良くて、体操部ではお互いを戦友のように思っていた。
会いたいなぁと今でも思う。
いつか会いに行こうと思う。
いまでも大好きな先輩だ。
しばらくはおとなしく
そこまで触れ回っていたにも関わらず、コーチ先輩に知られることは結局はなかった。
私が直接伝えたことなんて彼氏と別れたことくらいだったし、コーチ先輩も深く聞こうとはしなかったので色々助かったとも言える。
「彼氏欲しい!!」
「ははは。おかやんは今日も元気やなぁー」
「でもコーチ先輩にはコーチ先輩のままでいて欲しいっす!」
「ん? どういう意味??」
「いえ! なんでもありまっせん!!」
というやり取りが本当にあったかどうかはさておき。
表面的には何も変わっていないように皆が装っていた。
見えない部分で火事は起きていても、表面的には静かな部活。
後に知ったことだけど、フェリーでは私たち以外のとあるカップル(部員同士)も揉めていたと後に聞いて、「どこもかしこもなんでやねん」とツッコんでいた。
自分のことじゃないからここには書けないけど、どうやら知らない所で色んなことが起きていたらしい。
船という密室は事件が起こりやすいんだなぁと、推理小説みたいなことを思ってしまう。
……船怖ェ。
そしてKくんと別れ、先輩にキラわれ、飢えた肉食系女子へと変貌を遂げた私。
どうにも彼氏が欲しいというのに、でも不思議なもので、「彼氏欲しい!」「いまフリー!!」って時ほど、それは出来ない見つからない。
ギラギラしてんだろうなー。うん。よっぽどギラギラして涎垂らしてる肉食獣みたいだったんだろう。
おかげさまで彼氏まっっっっっっっったく出来んかったわ!
しかも一年以上な!
だいたいにおいてみんな彼女いるんだよ!
大学の同級なんて割と純でスレてないんだよ!!
良くも悪くも若すぎてセフレなんて欲しがる方が少ないわ!!!
──チクショウッ良い事だ!!!!
でもってフリーな奴はだいたいタイプじゃなくて。
誰でもいいくせに選り好みはするという厄介な女だったので、二十歳の頃の私はずっと「彼氏欲しい」ばっかり言っていた。
無害といえば無害。
でも、うっとおしいことこの上なかっただろうなぁ。
……とはいえそれで良かったと思う。
相手がいない分、もてあそばれてそれ以上自分が傷付くことはなかったし、逆に身近な人に手を出して無意味やたらに誰かを傷付けることもなかったんだから。
だからそこからは、大学内では比較的おとなしく穏やかに日常を過ごせた。
でも大学外ではそうじゃない。
私はそれをここからまざまざと知ることになる。
二十歳になりまして
だがしかし、やっぱりオトコは欲しかった。
とはいえ、どうやったら出来るのか分からなかった。
インドアな私だから行動範囲が大学とバイト先の往復しかなくて、新しい出会いもさっぱりプー。
インカレの試合が毎年5月か6月に開催されていたから、ざっくり一年近くは「彼氏欲しい」を言うだけの、フラれた哀れな女をやっていた。
そんな私を──更に惨めな女にすることがこの先に待っていた。
結局を言えば、自分自身でそうなるように追い込んでるんだけどね。
この焼肉屋のバイト先に勤めている間に、私は二十歳になった。
ああ。そういえば、二十歳の誕生日は店長、色々気合い入れてプレゼントくれたなぁ。
確か「去年のリベンジ!」って息巻いてたっけ。あー可愛い。思い出の中の夫かわいすぎ。らぶ。
その時のプレゼントはたしか皮製品の時計だった。KC´sってインディアンジュエリーを扱うお店で買った時計。アレはカッコよかったなぁ。今はもう手元にないけれど。当時の自分には分不相応なほどの素敵なプレゼントだった。
店長の……あの人の本気度がうかがえる。
そしてこの頃から、外食に行くことが増えた。
私の勤務時間は夜の十時から夜中の二時だった。
バイト自体は仕方ないとしても、そんな時間からご飯を行くことにそれまでオトンは良い顔をしなかった。
ハタチという一定のラインを越えたからか、両親に「バイト後外食に行っていい」という許可が出た。
今までずっと断ってきたけれど、そこからゴハンに行けるようになったのはすごく嬉しかった。
そして店長は食べることがめちゃくちゃ好きで、美味しいお店をいっぱい知っていた。
アンド本人の性格が、頑張っているバイトの子には給料以外に「ありがとう」の気持ちとして、個人的に色々してあげるタイプだった。
曰く、「せっかく頑張ってくれてるのに給料だけじゃ足りない。俺個人からでいいから何かしてあげたい」のだそうな。
雇われ店長なのに、そういう考えを持っているのは珍しいと思う。
こういう所、本当に好きだ。
当時も今もめっちゃ好きだ。
だから、誘われたらよく食べに行くようになった。
でまぁ、外食が増えるに伴って朝帰りも増えるわけなんだけど、店長と行くゴハンは百パーセント健全な普通のものだった。
崩れたのは、店長以外とゴハンに行き出してからだ。
次から店長以外の就業者と私のバイト形態について詳しく説明していこうと思う。