21歳で妻子持ちと駆け落ちした私の話 5

無事に出会いを果たし、焼肉屋でバイトをすることになった私。
とんでもない常識外れな私なワケだけど、仕事自体はそこそこ上手くやっていたと思う。
接客業は初めてだったけど自分に合ってたし。まぁでもよく言葉遣いなんか注意されたけどね。
あのお店は店長の人柄で保ってたトコがあって、店長である彼は楽しそうにしょちゅう常連客とお話をしていた。
ああいう所、凄いんだよなぁ。
良くも悪くも昭和の男だった。育ってきた環境か、世代か、距離の詰め方もやりとりもサービスも、接客をするために生まれてきたのかと思うほど楽しんでいた。
人と会うこと、話すこと、食べること、誰かに「美味しい」と言ってもらえるものを作ること、それらがなにより好きな人だったわ。
今回は、そんな「夫」本人のことを話そうかな。
当時33歳だった店長(未来の夫)について
彼の身長は180センチ。
で、体重が130キロくらい?
お店に来る仲良くなったお客さんによく体重を訊かれて、毎回「0,1トンありますねん(笑)」って答えてた。
メガネをかけてて、優しそうで、ふっくらしてるんだけど、動きは俊敏で、かなりガタイのいい、温和な人だった。
著名人に例えるなら、北斗晶さんの旦那さんで元プロレスラーの、佐々木健介さんに似た感じかなぁ?
あんなにお髭はないけど。肌もだいぶ白いけど。まぁ、全体の雰囲気だけで言えば。
彼もずっと格闘技をしていたらしくて、私は一度も見たことはないけど、そこそこケンカは強かったらしい。
なんの格闘技してきたのかは忘れたけど一通りはやったと言ってて、高校の部活は柔道部だったそうだ。
その時の帯の色……聞いた気はするけど忘れたなぁ。
でもケンカで負けたことなかったらしいから黒じゃなかろうかと思う。
本人いわく「肩外せば大概の奴は心が折れるし戦えんくなるから、多数を相手にするときはようやってた。肩外すん簡単やでー。方向さえ解っていれば」──だそうな。こわ。
ケンカとか諍いとかと無縁な私には、もはや未知の世界。
彼は、若い頃はまぁ相ー当ーにかーなーりーヤンチャやったみたいやけど、自分からケンカを売ることはなく、さりとて売られたケンカは全部買うし、どちらかというと他人のために拳を奮うタイプやったっぽい。
自分からそういう話をするタイプじゃなかったから、本当に強かったんじゃないかな?
知らんけど。
強い人ほど優しいとは言うけれど、あの人はまさにそんな人だったように思う。
ケンカしてるとこ見たことないから予想やけど。
男性に絡まれてる女性を助けてナイフで刺されたこともあるらしく、横腹に一筋の傷痕が残っていた。
むかーし。私と一緒になってから、一度だけケンカを売られたことがあるのだけれど(変なおっちゃんにスーパーで絡まれた)、その時は相手が言ってくることに対して全無視を決め込んでいた。
家に帰ってから、私は彼に訊いてみた。
「なんも言い返さんかったの? 夫らしくないね?」
「もしあの時俺がケンカ買ったら、お前になにかあるかもしれんやろ」
当時の私にはよく分かってなかったけど、まぁ往々にしてそういうモノらしい。
守りたいものを守るために戦わないという選択は、それはそれで勇気があると思う。
よく分からんが。
「本当の強さ」とはなんなのか、を、彼からたくさん教わった。
それはなんなのか、と聞かれても、うまく答えれる自信はないけれど。
とはいえ、熱い男だった。
ああ、そりゃあもう熱い漢だったわ。彼は。
己の命を激しく燃やして周囲をより明るく照らすような、そんな男性だった。
そして、私の知ってる「当時の彼」は、温和で優しくて食べるのがめちゃくちゃ大好きな妻帯者だった。
ずっと奥さんと仲が良いと思って接していた。
厳しい躾のするお父さんだなぁとハタから見て思っていた。
人間として、私は店長が好きだった。
人はどこでどうなるのか分からないな……と、この頃を思い出すと特に思う。
印象に残っている思い出
彼の部下になって、というか、雇われてそこそこに色々あった。
お付き合いする前までが、けっこう色々あったんだけど。
その中の一つの思い出に、こんなのがある。
その焼肉屋では、たとえ一介のアルバイトであろうとも、誕生日にはちゃんとしたホールのケーキを買ってきてプレゼントをあげるという習慣があった。
人好きなあの人の好きそうなことだ。
でも、店長もさすがに全員の誕生日を把握してる訳じゃないから、誕生日は自己申告制らしい。
1ヵ月くらい前から言っておくとスムーズに段取りができるって言ってたっけな。
でも私、そんなん知らんくて。
しかも「私もうすぐ誕生日なんですよぉ~❤」っていちいち言うタイプでもない(むしろそういうの好きでない)。
「あ。今日誕生日やったわ」って当日にやっと思い出すくらい、どうでもいいと思ってるのが私っちゅう人間で。
で、アルバイトとして雇われて、バイト先で初めて迎える誕生日……の前日。
「そういやおかやんちゃんって誕生日いつ?」
と店長に訊かれた。
(ちなみにそのお店では、アルバイトの女の子は必ず下の名前をちゃん付けにして呼ぶというルールがあった)
なんというタイムリーな質問!
でも私はそんなん知らんから
「あーちょうど明日っすね!」
ってにこやかーに答えたら
「ええっ!? あ、明日あッ?!」
と全員に驚かれた。
「?(なんやろうその反応……)」
まぁ。その理由を私は翌日のバイト時に知ることになるんやけど。
翌日に知ったことやけど。
予約なしにケーキ買うの、大変やったんやて。
しかも誕生日プレゼント買う時間もなかったんやて。
プレゼント渡されながら店長にぷりぷり「もっと早よ言えーーー!!」って怒られたわ(笑)
貰ったプレゼントでそんなことなるか?
で、印象に残ってるのがその「誕生日プレゼント」の方でなぁ。
とにかく時間がなかったから、慌ててドンキホーテでなんかテキトーに買うてきたらしい。
その中の一つに「笑い袋」ってのがあってん。(他は息吹きかけてプラスチックのロウソクを吹き倒すおもちゃやった)(それも大概ようわからんプレゼントやったと思う)
なぜに笑い袋?
これを私にどうしろと??
私は彼に訊いた。
「お前が早よ言わんから目についたモン買うたんや! 早く言わん方が悪い!! 1ヵ月前とかに言っててくれたんやったら、もっとええもん買うたったのに!!!!」
と逆ギレしつつもめちゃくちゃ悔しそうに言われた。
せやかて知らんがな、と思ったけど空気を読んでその時は黙っといた。
ほんでなぁ~、私なぁ~、この笑い袋をどうしたらええか、ホンマ分からんでなぁ~。
捨てるわけにもいかんやん?
かと言って使う用途も……ないし??
しゃーないから棚の隙間に無造作に入れとったんよ。
どうしようもないて思て。
そして、そんなプレゼントを貰ったことすら忘れかけてた、1ヵ月後くらいのある夜。
ふと目が覚めて、なんか寝惚けたまま手を伸ばしたら、何かに手が当たって棚の中のモンがガッサーってまとめて床に落ちたんよな。
そしたらそのショックで笑い袋のスイッチが入ってしまって。
『ぎゃーはははは! あーははははっ!! ひーははははッ』
突然夜中に響く機械的な笑い声。
もうね、恐怖。
なんかめっちゃ恐怖。
真っ暗な中に笑い袋の笑い声が響くひびく。
しかもなんか普通の笑い声ちゃうし。
どこか電気質で、しかも無感情に、なのに大爆笑してるんやもん。
「なに!? なにっ!? アンタなんなんこれェっ?!」
と、同室で寝てた母がマジで飛び起きた。
『ヒーハハハハ! アーハハハハっ!! ギャーハハハハッ』
「怖っ! こっわ!! なにがどうなってるんっ!?」
「店長からもろた笑い袋が……スイッチ入ってもうた……」
「笑い袋?? アンタなんでそんなん貰たんっ!?」
「……なんか時間なかったらしくて……」
「はぁっ???」
首をひねるオカンの下から笑い袋を引っ掴む。まだ笑っとる。
一定時間が過ぎるとシンとするけど、意外と長く笑いやがる。
スイッチがめっちゃ軽くて、ホンマちょっとしたことで笑うんよな。笑い袋って。
同じことが二度あるとも限らんから、袋から出して、大元のスイッチを切り、その日以来二度と笑うことのなくなった笑い袋(笑)
ホンマ、忘れられへん思い出をくれたわ~。アレ。
駆け落ちしてから、いつやったか
「なー。なんで笑い袋やったん? あれのせいでえらい怖い思いしたんやけど?(笑)」
って何度目かの文句言うたら
「お前が前もって誕生日言わんからやろがー! 俺がおらんかったら自分の誕生日も忘れる癖に!! 毎年食後にケーキ出したら『なんで?』って顔するの、地味に傷付くんやぞー! わざわざ市内まで行ってお前が一番好きなん買うてきてんのに!!」
……へい。毎年ありがとうやで。
あの人が私の誕生日を忘れたことは一度もないんよなぁ。(私は一回だけある)
そういうところもめっちゃ好きです。
あの人がいなくなって初めて迎えた今年の誕生日は、一人きりの誕生日で平日と何も変わらなかった。
彼がいたから、その日、私は私に生まれてきたことに感謝が出来た。
だからどんなくだらない思い出だって、こうして胸の中で大事に仕舞われキラキラと輝いている。