♯52

オトンが乗り込んで来た日(終)
必死こいて夫を守った私。
そりゃあそうだーよ。
もう一回網膜剝離になる可能性があるもの。
ただでさえレーザーで留めてるだけの弱々網膜だもの(笑)
ウチでも多少脳がぐわんぐわんしたのに、
同じ威力かそれ以上のを夫が食らったら……終わる!!
せっかくこれからやっちゅうのに(この時は学生やったから)、
これ以上体悪くしてたまるかぁあ!という気持ちで一杯やった。
わりと自分のためですよ。
まぁそんなもんです。
「これだけはぜったいしようと決めていた」
と、
殴り終えたオトンは言った。
ですよね~分かる分かる。
実際、夫も同じことを言っていた。
「もし会うことがあったら、オレは間違いなくおかやんのおやじさんに殴られるやろなぁ」
と夫は言い、
目を心配していたので、
殴られる覚悟もかばい切る覚悟も、
私もとうに決めていた。
ただその日が来ただけ。
そこからは、普通に近況報告が始まった。
オトンが一番心配してたのはウチの仕事やったなぁ。
水商売はしていないか。
夜の仕事はしていないか。
それだけがとにかく心配やったっぽい。
ウチはアルバイトとはいえ、普通の工場作業員として、
同じ会社にずっと働いていたことを伝えたらホッとしていた。
一度も夜の仕事に従事したことがないことに安心していたな。
あと、夫は目が見えないことを知られたくなかったらしい。
白杖も隠して、
何の問題もない健常者に見えるよう、
出来る限り振る舞っていた。
まぁ、網膜剝離して視覚障がい1級であることは口頭で伝えたけど。
「完全に見えてないわけではないので、大丈夫です」
とか言ってたっけな。
まぁ鍼灸あんまマッサージ師の免許取れば稼げるようになるので、
その辺りを強調してオトンに言ってた気がする。
オトンは
「わざわざ外で会うたのは、
閉ざされた室内やと自分でもなにをしてしまうか分からんで、正直怖かったからや」
と言っていた。
ひどく責めたり殴ったりしないよう、
自制のために人目のある店で話し合ってくれたオトンには感謝だ。
「あと、お前らに会うために上がったあの坂道を、もう一回上がりたくなかった」
と言っていた。
あのどちゃくそにしんどい家までの坂道に感謝したのは、
後にも先にもこのときだけである(笑)
オトンの質問には全部答えて、
連絡だけ交換して、オトンは大阪へと新幹線で帰っていった。
しばらくオトンとは連絡取ってたけど、
私があまり取りたがらないのと、
オトンの私生活がちょっと大変だったの、
色々あって拗ねたりしたのとで、
わりとすぐに疎遠になった。
色々と面倒なオトンなのだ。
私にだけは良き父なのだが。