#36「病棟の主となる」

おかやん

半年間の眼科入院患者

夫は長ーく入院していたので、

病院内でそれはもう色んな人と仲良くなっていた。

夫の嫁ということでウチもそれなりに有名だった。

見舞いにくればいつも不機嫌だったから、

「不機嫌ちゃん」という

なんともありがたくもないあだ名で呼ばれていた。

当時の私は今と違ってかなり気が短く、怒りっぽかった。

夫は絵を描くのが好きだった。

芸術大学を卒業していたくらい、映画や絵が好きだったし、上手だった。

視力が失われると思って一番つらかったのは、

絵を描く趣味を奪われたことだと思う。

入院中、担当医師を動物に擬人化して絵を描いていた。

その絵は夫が退院してから五年ほど、

患者の間で「お守り」として人から人へコピーされて出回っていたくらいだ。

味のある、優しくて、可愛い、夫らしい絵だった。

たぶん、まだ持っている人は持っていると思う。(モデルにした先生も診察室に夫の絵を額に入れて飾っていた)

夫はもう存在していなくても、

どこかに夫の痕跡はきっとまだあの病院にのこっているはずだ。

それほど、あの病院で夫は色んな人と話し、

色んな人と交流していた。

2週間で患者が入れ替わるような病棟に半年もいたからか、その病院で夫が知らないことはなかった。

気が付けば、なんかもう「ヌシ」みたいな存在になっていた。




病棟のひとびと

その交流っぷりは今でも覚えている。

いっつもタバコを吸っていたみたらし団子好きのおじさんとか、

夜中毎度ポテチと大福食べて怒られてた向かいのおばちゃんとか、

同じ糖尿病でとにかく若い子好きなおっさんとか、(20代とみれば手を撫でる)

お孫さんがめっちゃ可愛くて「じいちゃ~!」と呼ばれ孫デレしてたおじいさんとか、(あれはデレる)

レーザーがあまりに痛くて終わってもしくしく泣いていた高校生とか、

婦長さんの粋な会話のやり取りとか、

無愛想だけど実は優しかった先生とか、

受け答えは頼りがいがあるのに実はなにもしてくれない先生とか、

怒ってばっかりだったけどものすごく患者思いの先生とか、

まだまだいるけど、

本当に色んな人がいるんだなと思った。

上記の中で一人だけ、ずっと交流があった人がいる。

夫が亡くなった時、私はその人にも訃報を知らせた。

夫の交友関係の広さとそのマメさが、羨ましい。






糖尿病は心の病に近い

話を聞いていて思ったのは、

糖尿病患者は食べることがやめられないという事実だ。

眼科ってあんがいと糖尿病患者が多い。

みんななにかしら目に異常が出て、(だいたいが網膜剝離)

検査してみたら「実は糖尿病」と判明することが多いらしい。

で、入院して血糖コントロールをさせられるのだけれど、

みんな軒並み隠れて夜中にお菓子をドガ食いする。

これが何度怒られてもやめない。

本当にやめない。

「大福がないと生きていけない!!」

と逆切れするまでが基本セット。

糖尿病って怖いなぁと思ったのは、

その人の「たくさん食べないと自分は生きていけない」と断固として言い切る

食べることに対するあの異常なまでの執着心だった。

あれが本当に恐ろしいと思った。

夫もそれに近い所があった。

体の病気じゃなくて、もうそれ心の病気なんじゃないか?……ってくらい

糖尿病の人はなんか一様に怖かった。

食べることになると、人の言うことなんて聞きやしないし。

糖尿病は怖いなぁとつくづく思う。

一度発症すると、完治することはない病気だし。

何より、糖尿病患者は食事制限をすることをとにかく嫌がる。

駆け落ち当初、

「糖尿病かどうか判断するために病院へ行ってくれ」と何度も言ったけれど、

「保険がないから」と言われ、行ってくれなかった。

それでも私は行ってほしかったのだけれど、

食事制限することと

自分が病気であることをつきつけられることが

夫は嫌だったのだろう。





病院での出会いで決まった進路

夫は自分の足音の反響音を利用して、

目を閉じていても廊下の真ん中を歩くことができた。

狭い場所ほど歩きやすいと言っていた。

その病棟で、ある日隣に入院してきた男子高校生と知り合った。

その子の家系は血族的に盲人が出やすいと言っていた。

人が大好きで、話すことが大好きな夫だったから、

夫はその子と、その子の家族ごと仲良くなった。

そしてその人を通じて、夫は「特別支援学校」の存在を知り、

鍼師あんま灸師への道を選択するに至る。






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おかやん
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アラフォー主婦のノンフィクション雑記ブログ
21歳で駆け落ちした経歴を持つ、現在39歳の未亡人です。 このブログが多くの人に読まれ、亡くなった夫のことを私以外の誰かにも知って欲しい。
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