#33「網膜剝離の手術まで」

おかやん

街病院から大病院へ

10月の夫の誕生日に網膜剝離になってから、

あれこれあって街の眼科へ行ったのは、

翌年の3月くらいだったと思う。

町病院では

「ここではどうしようもないから大きな病院で手術を受けてくれ」

といわれた。

で、広島の大きな病院の眼科へ行った。

そしたら、

「血糖値が高いね。まずは内科行って」

と、言われ、内科へ行ったら

「血糖値が高すぎるから、まずは血糖コントロールしようか。インシュリンを抑える薬と食事療法から始めよう」

となって、すぐに手術は出来ないと言われた。

とにかく早く治したかったので、

夫はその日からタバコも酒もスパッと辞めて、

どうにか食事コントロールを頑張っていた。





食事コントロールから一か月後

何度か食事の摂りかたの講義を受けたりして、

自分自身で学びつつ、今までと比べてかなり食べない生活をしていた夫。

糖尿病の人にとって食事を我慢することはかなり苦しいものがあるらしい。

でも、夫は頑張っていた。

で、一か月後病院へ行ったら、

かなり血糖値が下がっていた。

で、その数値を見た眼科の先生が、

内科に電話をかけた。

「お前、短期間で血糖値どんだけ下げとるんじゃあ!!」

もんのすごい剣幕で、

夫はびっくりしたらしい。

血糖値ってゆっくり下げないと、反動で血管がボロボロになるのだと知ったのはこの時だ。

これが原因かどうかは分からないが、

夫の透析が始まったのは、

糖尿病発症からかなり早い段階だった。

普通は10年20年くらいで腎臓が仕事をしなくなるのだが、

夫はここから5年後に人工透析が始まった。

とはいえ、血糖値の数値は下がったので、目の手術は出来るようになった。

下がりすぎたくらいなので、ここからインシュリンの薬は飲まなくてよくなった。

この時の……血糖値を急激に下げるよう指示した内科医を

夫は恨んでいるように思う。

あまり口には出さなかったが、

折に触れて何度かそんな愚痴をこぼしていた。





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アラフォー主婦のノンフィクション雑記ブログ
21歳で駆け落ちした経歴を持つ、現在39歳の未亡人です。 このブログが多くの人に読まれ、亡くなった夫のことを私以外の誰かにも知って欲しい。
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