ブラック企業を辞めてオカンと揉めた話

初めから話をしよう
大阪に帰って来た時、ウチは派遣会社で働きたかった。
理由は「色んな経験がしたい」から。
広島におる時、信頼してる小説家仲間がポソッと言うたんよね。
「おかやんには派遣とかして欲しいなぁ~。あ、うちの娘が派遣してるんだけどね。それ見てたから思うんだけど、派遣はおかやんに向いてると思う」
それが自分の中ですごくしっくりきてさ。
あと、その人がなんとなくで言うこと、ウチ妙に信頼してて(なんじゃそりゃ)(笑)
だから、広島おるときから「大阪帰ったら派遣しよう!」って決めてたんよ。
で、それを帰って母親に伝えたんやけど。
「20代ならそれもいいけど、もうすぐ40になるんやし、そんなんやめて。手堅いトコに勤めたほうがいい」
ってこんこんと諭され、就職状況の厳しさを説かれたんよね。
ウチが大阪帰って来た理由の一つが「親になにかあったときすぐ対応できる距離にいたい!」っていう一念から同居してるわけやし、今まで苦労と迷惑をかけた分、出来るだけ言うこと聞いてあげたい。
だから「まぁいっか!」となった。
「ウチの目的は『お金を貯める』ことなんやし、正社員でも悪かぁないわな。ゴールが一緒なら道は多少違っても別に気にはならんやろ!」
そんなふうにして、いったんは派遣を諦めることにした。
そこからは母親の言う通り、
ハローワークへ通って、
ハローワークで就職先を見つけて、
面接を経て、
正社員として、
あの会社を選んだ。
…………盛大に失敗したがな。
でもそれも当然やと思う。
だってウチ、ちゃんと事前準備とか企業調査とか、自己分析とか自分自身の深堀とか、全然努力して来なかったんやもん。
過去したことのツケは未来で払わさせられるっていう、法則をしみじみ感じたね!
転職の勉強
ウチはあの会社がヤバいと2日目に思った。
だから、その翌日から転職の情報を仕入れ始めた。
youtubeプレミアムに入って、通勤時間にひたすらそれに関する動画を視聴(厳密にいえば聞いてるだけだけど)をする。
50本ほど観た頃、誰もが同じ言葉を発していることに気付く。
「自分が何のために転職するのか、自己分析をして、その軸をちゃんと見極めておけ」
ウチは気付く。
「(なるほど。だからウチは失敗したんやな)」
ウチはその軸を母親の言うがままにして(要は正社員希望とハローワークでの紹介)、
気にならないところは適当に考えて(場所がいいなら悪い会社じゃないだろうと思った)、
こだわるところはそこそこテキトーに妥協した(ウチの場合、これは休日の日数を指す。120日欲しかったけど110日でもいいかと考えた)。
もっと四季報とか見て、離職率とかキチンと調べたら良かったな。
まぁそういう流れから、母親に
「今の仕事辞めるわ」
って言いにくかったんよね。
それがたとえブラック企業でも。
せっかく正社員になれたわけやし?(実績はやはり惜しいものはある)
でも「辞める」と決めたからには、黙っておくわけにもいかない。
一緒に暮らしてるわけやし。
そんなわけで木曜の夜、会社で配る餞別を買って、帰って一番にオカンに言うた。
「ウチ、明後日の土曜出勤で最終日やから」
その時のオカンはポカンとした顔をして、
「なんでぇ~!?」
と非難めいた声をあげた。
そこからが……まぁしんどかったわけやねんけど。
理解してもらうことの難しさ
母「なんで辞めるん!? 部署異動して、今はちゃんと教わってるんやろ??」
娘「そうやけど。ウチはその人が嫌やったんじゃなくて、会社そのものが嫌やから」
母「正社員やで!? 実績も残るし、賞与もあるし、退職金も出るのに、なにが不満なん?!」
娘「あの会社おったら、ウチ、そのうち心病むで?」
母「前のモラハラ男が上司の時ならまだしも、ちゃんと教わってるなら、そんなん我慢したらええやん!」
娘「(あ。コレやべぇな。話が通じひんやん。上司に『辞める』て言うた時より厄介かも……)」
この会話、読んでいる人はどう思うんやろ?
ウチの気持ちに同調するのか、母親の言い分のが理解できるのか。
でもなぁ、ウチはなぁ、誰が何と言おうと自分が「やる」と決めたことは絶対貫き通したいねんな。
それはオカンにも何度も言うてきてるんやけど、でも、「もう辞める」ってのは、オカンにはどうにも受け入れがたい選択やったらしい。
とはいえ、まぁこれも仕方ないとは思うねん。
なにせ生きた時代が違うから、お互いの常識にズレがあるんやもん。
少なくとも、ウチの母親はそんな昔気質の男の中で36年、会社を支えてきた正社員やったわけやし。
でもウチはなんとかして自分が辞めた理由を伝えたいし、
ウチのこれからの生き方を伝えたい。
自分の選んだ道を後悔のないように歩んでいきたいから。
だけど母は気が収まらないのか、ヒステリックに続ける。
オカン「お金貯めるんとちゃうん? なんなん派遣とか……20代ならまだいいけど、アンタ40やで? 大学生みたいなこと言うて……どうかしてるわ」
ウチ「オカンの時代は『派遣』って不安定に映るかもやけど、今の時代は違うで? ちゃんとした派遣はちゃんとしてるし、正社員登用だってある」
オカン「アタシは36年勤めた会社で人事部長して、アンタみたいなこと言うてた人を何人も……それこそ100人以上見てきたけど、辞めた未来なんて哀れなもんやで?」
ウチ「でも今は違うかもしれんやん。常識って十年で塗り替えられていくし、オカンの見てきた頃とはまた状況が変わってるて」
オカン「なんそれ。誰かが言うてたん?」
ウチ「ああ……まぁ確かにそのセリフは人が言ってたセリフではあるけども……でも、実際そうやん? 現に十数年前と雇用状況もブラック企業に対して認知も、今と全然違うやん? 労基がうるさくなったって、オカンかて言うてたやん」
オカン「だとしても変わらへんものかてあるやん。正社員って枠を、人はどうしたって評価するんやで?」
ウチ「そうかもしれへんけどさ、でも──」
オカン「アンタ、誰かに影響されて自分の意見変えてへん? ちょっと前と、言うてること違うやん!」
ウチ「まさか。ウチは誰に何か言われても自分の意見を貫くタイプや。影響はされても、それで意見が変わることはない」
オカン「だからって、ここで辞めるなんてもったいない! そんな生き方、死んだアンタの旦那と一緒やん!!」
なぜそこで夫が出る……と疑問に思ったが、ウチは正直にその言葉に返した。
ウチ「それは嬉しい限りやな。うん。ウチはあの人みたいになりたいし……」
オカン「…………」
さてさて。どうしたもんか。
ていうか、ブラック企業を辞めるってそんな責められることかな?
ブラック企業に何とか勤めて、それで心壊れたらどうするんや。
いや、ウチならば耐えられるかもやけど、少しずつすり減らされるのは間違いない、とウチの勘が全力で警報を鳴らしているというのに。
ウチは今回のことで、環境がどれだけ簡単に人の心を壊せるかを身を以って知った。
そりゃあ、母や祖母の時代なんか今よりもっともっと、モラハラ・パワハラ・セクハラは当たり前で、ずっとずっと劣悪な環境下で働くことを余儀なくされてたんやろう。
それは分かる。
でもウチ……やっぱり「派遣がやりたい」しなぁ~。
やりたいこと諦める方が嫌やしなぁ。
こういう状況やからこそ、ウチはウチの意志で
「ウチは派遣がしたいんだ」
「他にやりたいことがあるんだ」
と言わなきゃいけない。
ウチが「どう言おうかなぁ」と考えている間も、母の言葉の刃は止まらない。
オカン「アンタのことを思って言うてるんやで? 別れたアタシの旦那といい、なんで身内の言うことがきけんのん!?」
ウチ「まぁウチ、あの父親の娘でもあるしなぁ」
オカン「あのロクデナシと同じことせんといて! 真面目に正社員としてやるのが絶対ええんやから!」
ウチ「無理。ウチ、やっぱり自分がやりたいようにやりたい。それで失敗するならそれでもいい」
オカン「なんで!? 何が嫌なん?! アタシは母親やで!? 他人に何言われたんか知らんけど、所詮は他人や!! 責任なんてないんやから!」
ウチ「まぁ、それはそうかもしれんけど……な(でも、そういう人ほど俯瞰の目でウチを見守ってくれてる人も多いんやが)」
オカン「アンタのこと思って言ってるんやから!! アタシ以上にアンタのこと考えてるのはおらんねんで!?」
ウチ「そうなん?」
オカン「当たり前やん!! アンタは子供がおらんから分からんかもしれんけどな!! これが一番アンタのためやねん!!」
ウチ「はぁ。(あー、ウチが言われたら一番困るセリフ言うてきたなぁ。事実やから黙るしかないやん……)」
こりゃ今は説得は無理やな、と思った。
自分が絶対正しいと思ってるから、力でねじ伏せてでも自分の言うことを聞いて欲しがってるのが、手に取るようにわかる。
だから切り口を変えてみることにした。
建前と本音
ウチ「でも、ウチの人生を生きてるのはウチやからなぁ……アカンな、これ。ウチとオカンじゃ価値観が違うから、どうしたって水掛け論にしかならんで?」
オカン「………なんで辞めるんよ。アンタやったらあの会社でもどうにかやれるやろ……こんなすぐ辞めることないやん……!」
ウチ「だって一分一秒でも、あそこで仕事してる時間がもったいないもん。ウチはやっぱり、やりたいことして生きていきたい」
オカン「あの父親と同じこと言うて……! アンタのやりたいことってなんなん?」
ウチ「んー……言うてもいいけど、今は言わんとくわ。でも目標は変わってないで? ウチは今でもちゃんとお金を貯めたいと思ってるし、これからも生活費はちゃんと家に入れていく」
ウチのやりたいこと……この場で母親には言わんかったけど、要はブログと絵やな。
言うたところで火に油って分かってたから、あえて言わずにおいた。
なにより、その「ウチのやりたいこと」ってのが、オカンが世界で一番大嫌いな元夫(つまり父)と全く一緒やったから(笑)
この時点ではまだとても言われへんな、と判断したから逃げた。(とはいえ、広島から実家に帰って来た時、言うたんやが)(たぶん冗談やと思って覚えてないとみえる)
オカン「アンタの言うてること、おとうさんと一緒やな」
ウチ「そりゃ血が繋がってるし。ウチは結局、自分がやると決めたら誰を傷つけても自分のやりたいことを選ぶ人間やねん」
オカン「ホンマに……あの父親と一緒やな……!!」
そんな……そんな唾棄するようにそのセリフを吐かんでも。
しかも娘に。
オカンの中で、どれだけ蔑んだ言葉なんだか。
最上に相手を貶める言葉が、オカンにとっては「それ」やったんやろなーって思った。
「ウチとオカンじゃ価値観が違うからしょうがない。まぁとりあえず一年待って。一年経ってから、もう一回この話しよう。今日はどう話したって平行線や」
感情でしか「もの」が見れない状態やった。
冷静に一年後話した方が、ウチの状況も変わってるし、母も安定しているかもしれんし、建設的に話し合えると思った。
話を終えようとするウチに、それでも不服な母は吐き捨てるように言う。
「アンタにはがっかりした……! せっかく正社員になれたのに……」
ああ、せやな。それはウチも本気でそう思うんやで。
「でも、ウチの人生ウチのもんやからなぁ」
と言ったら、叫ぶように母が言った。
「アンタは自由でええな!!」
あ。そっちが本音だったのね。納得。
ウチと母が同性ってのもあるんやろう。
だからこそ、こういう嫉妬心があるんやろう。
うらやむことを、理性では止められないほどに。
「あーうん。せやな、ウチは自由やな。だからこうやって好きに人生を選べる。好きなことが出来る。そんで自分の意志でこの家に住んでる。でももしオカンがウチの生き方がどうしても嫌っていうなら、ウチはこの家を出ていく……とはいえ即座には無理やけど」
「…………」
「嫌なら言うて。この家から出ていくから。でもオカンに何かあったときそばにいたいから、ウチはウチの意志でここに住んでる。そのために毎月家にお金入れる。派遣になっても途切れさせんから。電気代ガス代も払うし、ウチに関することでオカンが金出す必要はない。その状態で一年後、もう一回この話しよ? それ次第ではこの家出て、一人暮らしするから」
「……一人暮らししたら金貯まらんで」
「節約は得意やで、ウチ。下手するとその方がお金貯まるかもしれん」
「大阪は……物価高いで」
「んーでもなんとかなるやろ。ってかなんとかする! この先どうなっても、ウチがどうにかしたるから、とにかく一年待ってて!!」
「…………」
「まぁそんなわけやから! ほなオトン家行ってくるわ~」
って感じで、その日は逃げるようにオトン家に急いでオトンに
「こんなことがあった!!」
って愚痴った。
あっはっはっ!
ここまでしんどかったなぁ~(笑)
押し付けられた価値観
ブラック企業を辞めて、母親からそんなふうに責められるとは思わんかったな。
心も体も、一度壊れてしまうと、元の状態に戻すまでにどうしても時間がかかる。
ウチは時間が惜しい。
やりたいことがあるから。
やりたいことをやりたいままにやって、そこで失敗したい。
人に望まれた生き方なんてウチらしい人生じゃない。
だから一歩も引かなかったし、これで良かったと思う。
揉めたけど。
でも、こういう意見のぶつかり合いって、家族という近い関係性だからこそ大切やなって思う。
そして、ウチの選択は子供がおらんからこそできる生き方で、
こどもという枷を嵌められた人から見れば
ウチの生き方はズルいように思えるやろう。
でも、それも含めてウチの人生や。
失敗しながら、傷つきながら、それでも選択し、決断していきたい。
そんなふうに思った夜やったな。
それにしても……オトン家があってよかった。
あの状態のオカンから逃げるにはちょうど良かったな、と父と笑い合った。
そんな夜。
追記:オカンの物言い、ちょっと誇張して書いてる。もう少し冷静なやり取りやったかもしれんけど、主観もあってか、こんな感じでウチは捉えた・聞こえたと思って欲しい。
またまたコメントしてしまいました、すみません。
ほんとに個人的な話になっちゃうんですが、数年前に職場の同僚が自殺しました。体調が優れず休職しており、復職を1週間後に控えたある日、いきなりでした。後から聞いたのですが、ご家族は「頑張って仕事に行くように」説得してたんだとか。言っておきますが、ご家族を責めたいわけでは決してなく……頑張らない選択肢を直接会って話せたらよかったと今でも後悔しています。ちょうどコロナ禍で、福祉施設で働いていたため「ちょっと飲み行こうぜ!」とも誘いづらい状況でした。自殺の原因は分かりません。そもそも仕事関係ではなかったかもしれないし……。でも、その人が生きるルートがあったとして、その歯車のひとつが自分だったとしたら、あのとき行動しておけばよかったと心から思います。
おかやんさんのお母さんの考えも(意見が激しめですが)分かるところもあります。私だったら大事な娘に苦労はさせたくない。親心でしょう。
でもね、おかやんさん。
あなたが心身ともに健康で生きててくれる世界だったら、それでオールオッケーだと、私は思いますよ。
と、通りすがりの南田さん……! 読んでて泣いてしまいました……「オールオッケー」と言ってくれたのも嬉しかったし、その方のこともつらかったろうなぁ、と。
ウチのような部外者が何を言っても、表面的な言葉にしかならないですね。
きっとつらかったろうな、と思うことぐらいしかできません。
でもそれをここで言って、私を励ましてくれたことが何よりうれしいです。
そう、母も間違ってはいないと思います。それを忘れないようにしないとな、と気付かせてくれました。
ありがとうございます。
うん。本当に色々、ありがとうございます。
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